『痩せ姫』刊行から8年、カジュアル化するあの吐き方と過食費用を稼ぐ裏ワザ【宝泉薫】
◾️巨大掲示板に書かれていたチューブ吐きの警告内容
もっとも、チューブ吐きはハイリスクハイリターンとされ、巨大掲示板にはかつてこんな警告が記されてもいた。
「過食嘔吐と添い遂げる決意があるなら、おすすめする。でも、死ぬより苦しい地獄があるから気を付けて!」
チューブ人口が激増中の今も、そこが忘れられているわけではない。この吐き方を会得したことによる安心と不安とのせめぎあいのなかで、それでも太っているよりはマシだと言い切る人もいれば、悪魔に魂を売ったかのような罪悪感にさいなまれ続ける人もいる。
なお、ほぼ全員に共通しているのは、チューブ吐きが世の中に広まらないことを願う気持ちだ。理由はいろいろとあるが、チューブが親などの目にとまった際、吐いていることがバレるから、というところが大きい。嘔吐の証拠(しるし)として、世間的にはまだまだ吐きダコのほうが有名だし、今くらいの広まり方なら言い逃れもしやすいのだ。
チューブは一種の魔法道具。ただ、隠したり持ち運んだりするには不向きで、折りたたむと劣化が進んでしまう。そのあたりに頭を悩ませる痩せ姫も少なくないのである。
それにしても、チューブに限らず、吐き方の上達は過食をエスカレートさせたりもする。そこで問題となってくるのが、食費のやりくりだ。
『痩せ姫 生きづらさの果てに』では「援助交際」がそのやりくりに活かされていることにも触れた。それが「売春」となる可能性についても明記したが、その後の8年で「援助交際」は「パパ活」へと変わった。ときには「大人」という隠語で呼ばれるセックスにまで発展するとはいえ「P活」あるいは「P」と書けば、よりいっそう軽い感じになる。
もちろん、こちらもチューブ吐き同様、危険と隣り合わせ。ただ、手っ取り早く大金が稼げるため、けっこうな数の痩せ姫がやっている印象だ。夫や恋人でもない相手と高級な食事をともにし、何万円も受け取って、なおかつあとで吐いたりするという告白をSNSで見かけると、恋愛や経済についていろいろと考えてしまう。
それはさておき、パパ活と痩せ姫の相性は悪くない。相手の機嫌をとることがそこそこ上手いうえ、たくさん食べられる人が多いからだ。パパ活をやる男性には、若い女性にごちそうをふるまうことで満足を得る傾向もあり、また、食欲と体型のギャップが独特の魅力になったりもする。おたがいにウインウインというか、痩せ姫にとっては食べて稼げるという裏ワザにもなり得るわけだ。
かつて「いっぱい食べる君が好き」という「カロリミット」のCMが話題になった際、とはいえ、太っていないことが大前提なのではというツッコミが入ったが、痩せ姫はツッコミ無用の存在なのである。
ライターのツジアスカは「p活と過食嘔吐」と題した記事において「ヒリヒリした探り合いの中で、お互いをよりどころにできる瞬間がある」と指摘。パパ活女子にとって「一番大切なことはお金だ」としつつ「その次に大切なのが、自分の存在を認め、自己肯定感を高めてくれる存在がいること」だとしたうえで、こんな見方を呈示した。
「パパたちに褒められても嬉しくない、そんなの当たり前だと思う女の子たちも多いと思うけれど、それでも、やっぱり褒めてくれるひとがいる方がきっと良い。(略)パパとのコミュニケーションの中で、男の人はこんなことを言ったら喜ぶんだとか、こんな風にしてあげればお金がもらえるんだとか、そういうことを学ぶ過程で自己肯定感があがるのなら、パパ活もひとつの選択肢として認められていいと思う」
結局のところ、人はみな、格好をつけたり、ちやほやされたりしたくて頑張っている。先程「恋愛や経済についていろいろと考えてしまう」と書いたが、なんのことはない、性もカネも、頑張って生きていくための手段として使えばよいということだろう。
手段といえば、チューブも本来、食べたものを吐くために開発されたわけではない。それを過食嘔吐の道具にしてしまうのが、人間のすごさでもある。
カバンにチューブを潜ませ、パパ活に繰り出す痩せ姫もまた、現代日本のひとつの風景。チューブ吐きについては「痩せ以外のすべてを失うことになる」という見方もあるが「痩せ」さえあればなんとか生きていけるという人がいるのも現実だ。
そんな「パンドラの箱」に唯一残った「希望」のように「痩せ」をとらえ、それを杖にするような生き方も肯定していこうというのが『痩せ姫 生きづらさの果てに』の精神でもある。それは刊行から8年がたった今も、そしてこれからの未来も変わることはない。
文:宝泉薫(作家・芸能評論家)
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『痩せ姫 生きづらさの果てに』
エフ=宝泉薫 著
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